Jリーグ60クラブの「環境スコア化」が始まる――データ駆動で挑む気候アクションの実効性
2026年度からJリーグ全60クラブの気候変動対応が数値化され、順位付けされる。欧州に続きアジア初のSPL参画。12億円の助成金と可視化の仕組みで、宣言だけに終わらせない実効性をどう担保するのか。
2026年度、Jリーグは全60クラブの気候変動対応を数値化し、順位付けする新たな取り組みを始める。欧州に続きアジア初となるSport Positive League参画。12億円の助成金とKPMGの専門知見を投入し、宣言だけに終わらせない実効性を担保する仕組みだ。スポーツ界に広がる「カーボンニュートラル宣言」の先に、データ駆動で挑むJリーグの気候アクションは何を変えるのか。
宣言から実行へ――Jリーグが選んだ「スコア化」という道
2026年度、Jリーグは全60クラブの気候変動対応を12項目で数値化し、順位付けする仕組みを本格始動させる[8]。評価項目は再生可能エネルギーの利用、使い捨てプラスチック削減、廃棄物管理、選手への環境教育など多岐にわたり、国際イニシアチブ「Sport Positive League(SPL)」独自のスコアリングシステムで定量的に分析される[6][8]。2025年度は準備期間と位置付け、SPLとのヒアリングを経て評価基準を確定させる[6]。
この取り組みは、欧州主要リーグに続く世界5番目、アジアでは初のSPL参画となる[6][8]。既にイングランド・プレミアリーグ、ドイツ・ブンデスリーガ、フランス・リーグアンなど欧州4リーグが参加しており、Jリーグは世界のサッカー界における気候アクションの潮流に合流する形だ[8]。スペインのラ・リーガでは各クラブのESG担当者が週8時間の研修を受けるなど、欧州では環境対応が経営の中核に据えられつつある[8]。
実効性を担保するため、Jリーグは日本財団との連携協定に基づき、3年間で総額約12億円の助成金を投じる[3][8]。2025年度はまず総額2億4000万円、1クラブあたり上限400万円の助成制度を創設し、各クラブのロードマップ策定と実践を財政面から支援する[6][8]。2026年度以降も助成を継続し、順位を参考に配分を決める仕組みを導入することで、クラブ間の競争原理を働かせながら取り組みを加速させる[8]。
Jリーグサステナビリティ担当の辻井隆行執行役員は「これまでの各クラブの活動を点で終わらせず、線にして面に変えることができる」と語る[8]。好事例の共有や世界の先進クラブからの学びを通じ、地域資源を生かした脱炭素活動を推進する狙いだ[6]。天候を理由とした試合中止は1996〜2017年のシーズン平均1.86試合から、2018〜2024年には9.57試合へと約5倍に急増しており[8]、気候変動への対応は興行の持続可能性そのものに直結する課題となっている。
可視化が生む緊張感――いわきFCが示した「測定」の意味
いわきFCは2024年、クラブ活動に伴う温室効果ガス(GHG)排出量を算定し、その結果を公表した[2]。Scope1(直接排出)からScope3(サプライチェーン上の間接排出)まで網羅した算定は、Jリーグクラブとしては先駆的な試みだ。総排出量は2,241tCO2e。そのうち約94%をScope3が占め、特に販売用グッズの仕入れ(785tCO2e)や選手の食事を含む運営費(231tCO2e)が大きな割合を示した[2]。この数値は、クラブ活動の環境負荷が「スタジアム内」だけでなく、調達や移動といった見えにくい領域に広がっていることを浮き彫りにしている。
さらに注目すべきは、ファン・サポーターの移動に関する排出量の推計だ。いわきFCは2025年にアンケート調査を実施し、一人一試合あたり約9.82kgCO2e、年間では約816tCO2eに達すると算出した[2]。これはクラブ自身のScope1・2排出量(136tCO2e)の約6倍にあたる。GHGプロトコルでは任意項目だが、興行を主催する立場として「無視できない数字」と位置づけ、公共交通機関の利用促進など、ファンとの共創による削減を視野に入れている[2]。
測定なくして削減なし――この原則は、気候アクションの出発点である。いわきFCの取り組みが示したのは、まず自らの環境負荷を正確に可視化することの意味だ。どこに排出が集中しているのか、どの領域に削減余地があるのか。データがなければ、戦略は立てられない。同クラブは今回の算定結果をベースラインとして、2030年までにScope1排出量を20%削減し、Scope2排出量をゼロ(マーケット基準)にする目標を掲げた[2]。
こうした個別クラブの動きを後押しするのが、Jリーグと日本財団の連携だ。2025年5月、両者はサステナビリティ領域における連携協定を締結し、日本財団から3.7億円の助成金を活用した「Jリーグサステナビリティ事業活性化プロジェクト」が発足した[3]。全60クラブの気候アクションを支援し、2026年1月からは各クラブの取り組みを数値化・可視化する仕組み「Sport Positive Leagues(SPL)」への参画を推進する[3]。データに基づく透明性が、クラブ間の学び合いと競争を生み、リーグ全体の底上げにつながる構図だ。
可視化は、単なる数字の公表ではない。それは自らの活動に対する「緊張感」を生み、ステークホルダーとの対話を可能にする。いわきFCが示したのは、その第一歩としての測定の重要性であり、Jリーグ全体が今、その道を歩み始めている。助成金という財政支援と、SPLという共通基盤。この両輪が、日本のスポーツ界における気候アクションの実効性を左右することになる。
KPMGとの協働――ビジネスロジックで支える気候アクション
Jリーグは2024年7月、KPMGコンサルティングと「Jリーグ気候アクションパートナー契約」を締結した[7]。単発のプロジェクト支援を超え、戦略策定からデータ基盤の構築、インパクト測定までを包括的に支える体制を整えた背景には、「コンサルティング=問題解決」という枠を超えて社会に対して問題提起をしていきたいというKPMG側の意図と、全国41都道府県・60クラブ、年間のべ約1250万人の来場者という巨大なネットワークを持つJリーグのポテンシャルが重なり合った[5]。
KPMGが提供する「Climate Accounting Infrastructure」は、GHG排出源と排出量を可視化し、削減施策の効果を定常的にモニタリングできる一連のマネジメントサイクルを管理するフレームワークである[7]。これによりJリーグは、各クラブの活動で生じるCO2排出量を把握し、次に取るべきアクションを明確にする「現状を知る」段階を実装した[5]。データに基づいた戦略的な意思決定を可能にする仕組みが、60クラブという多様な組織群を束ねる上で不可欠だったといえる。
一方で、数値とロジックだけでは社会的なテーマは伝わりにくい。そこでKPMGは、Jリーグが気候変動にどう向き合い、どのような未来を描いているのかを「ストーリー」として表現することに注力した[5]。ロードマップの策定やインパクトレポートの作成を通じ、言葉だけでなく視覚的にも理解できる形でビジョンを共有する試みが進んでいる[4][7]。
さらに注目すべきは、元日本代表の小野伸二氏が特任理事として気候アクションの発信役を担っている点だ。小野氏は「自分を通して気候変動について知ってもらう。そういう大事な役目を担っている」と語り、専門家との対話を重ねることで自身の意識が変わった経験を発信している[5]。ビジネスロジックとデータ基盤、そして共感を生むストーリーテリング――この三層構造が、Jリーグの気候アクションを支えるKPMGとの協働の核心である。
欧州の先行事例が示す「スコア化」の効果と課題
SPLには現在、イングランド・プレミアリーグ、ドイツ・ブンデスリーガ、フランス・リーグアン、そしてスペイン・ラ・リーガの欧州4大リーグがすでに参画している[8]。このうちプレミアリーグのリバプールFCは2023年、持続可能なイベント運営のためのマネジメント規格「ISO 20121」の認証を、プレミアリーグのクラブとして初めて取得した[8]。各クラブの環境対応を数値化し、リーグ全体で共有することで、個別の取り組みが「点」で終わらず「面」へと広がる効果が確認されている。
欧州では、スコア化の仕組みが単なる順位付けにとどまらず、クラブの組織体制そのものを変える契機となっている。ラ・リーガでは各クラブにESG担当者が配置され、週に8時間のESG研修を実施するほど教育に注力している[8]。英国では、ファンや株主、政府が各クラブに対して環境性や社会性を強く求めるキャンペーンを頻繁に展開しており、こうした外圧がクラブの内部体制強化を後押ししている[8]。
透明性の担保は、もはや倫理的な要請だけでなく、競争力の源泉となりつつある。欧州では「グリーンウォッシュ」を排除する動きがスポーツ業界にも波及しており、実態を伴わない環境配慮の主張は、ステークホルダーからの信頼を大きく損なうリスクとなっている[8]。SPLが提供する12項目の評価基準——再生可能エネルギー、エネルギー効率、使い捨てプラスチック削減、生物多様性、教育など——は、定量的な比較を可能にし、クラブが「何を、どこまでやっているか」を明確に示す手段となる[8]。
Jリーグがアジアで初めてSPLに参画する意義は、単に欧州の後追いではない点にある。欧州4リーグの実績と課題を踏まえ、日本独自の地域密着型モデルと組み合わせることで、スコア化の仕組みをどう実効性あるものにできるかが問われている。透明性が競争力に直結する時代において、Jリーグの挑戦は国際的な注目を集める試金石となる。
2030年へのロードマップ――問われるのは継続性
Jリーグは2030年までにリーグ全体でCO2排出量50%削減という明確な数値目標を掲げている[4][6]。この目標を達成するため、「サステナビリティ事業活性化プロジェクト」を発足させ、総額約12億円の助成金制度を創設した[6][8]。各クラブが実施する気候アクションに関するロードマップや事業計画の策定および実践を支援するもので、1クラブあたりの申請上限額は400万円となる[6]。2025年度は準備期間として総額2億4000万円、2026年度以降は順位を参考にした配分を行い、3年間で総額11億9000万円を予定している[8]。
こうした積極的な施策の背景には、気候変動がもはや環境問題の範囲を超え、経営リスクそのものとなっている現実がある。Jリーグによると、天候を理由に中止した試合数は1996年から2017年のシーズン平均で1.86試合だったが、2018年から2024年には9.57試合と約5倍に急増している[8]。特に「ゲリラ豪雨」による夏場の試合中止が多く、安定した興行運営そのものが脅かされる状況だ。野々村芳和チェアマンは「近年は非常に激しい雨や台風によってJリーグの試合が中止になるなど、Jリーグが目指す『安心安全な運営』自体にも危機感を持たざるを得ない環境となってきました」と危機感を表明している[4]。
しかし、スコア化や助成金制度の導入は、あくまで出発点に過ぎない。サステナビリティ担当の辻井隆行執行役員は「これまでの各クラブの活動を線にして面に変えることができる」と期待を示す一方で、「活動を点で終わらせない」ことの重要性を強調している[8]。各クラブがカーボンニュートラルを掲げ、リユースカップの導入やイベント開催などを実施してきたものの、他クラブとの協働は少なく、活動が単発で終わることが多かったという課題がある[8]。
真の試金石となるのは、SPLによる可視化された順位やスコアを、各クラブが地域のステークホルダーと共にどう受け止め、継続的な改善サイクルに組み込めるかである。辻井執行役員は「Jリーグの60クラブ全体で取り組みを加速して、リーグ全体で気候変動に対するメッセージを発信し、ステークホルダーに届けたい」と語る[8]。数値目標の達成だけでなく、地域社会と一体となった持続可能な文化の醸成こそが、2030年に向けたロードマップの真価を問うことになる。
参考文献 / Sources
https://www.asahi.com/articles/DA3S16437349.html
http://iwakifc.com/2026/03/12/emissionsreport/
https://www.jleague.jp/sp/news/article/30899/
https://aboutj.jleague.jp/corporate/assets/pdf/sustainability/impact_report_2024.pdf
https://kpmg.com/jp/ja/insights/2025/07/case-climate-jleague.html
https://www.asahi.com/sdgs/article/15733650
https://kpmg.com/jp/ja/home/media/press-releases/2024/07/kc-j-league.html
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