Case Study

FC東京、Jリーグ初のUNFCCC署名へ――2035年「世界水準」宣言の裏側にある経営戦略と社会実装の設計図

2026年2月、FC東京が発表したサステナビリティ戦略は、Jリーグ60クラブの中で初めてUNFCCC「Sports for Climate Action Framework」への署名を明言した。2035年カーボンニュートラル、資源循環100%、ネイチャーポジティブ――この3本柱を掲げる背景には、気候変動を「経営判断に組み込むべき構造的課題」と位置づける経営哲学がある。Jリーグが2025年7月に署名した同枠組みに呼応し、クラブレベルでの具体的な行動計画を示した初の事例として、スポーツビジネスにおける気候対策の社会実装モデルを読み解く。

Field & Future 編集部読了 約8分
FC東京、Jリーグ初のUNFCCC署名へ――2035年「世界水準」宣言の裏側にある経営戦略と社会実装の設計図

2026年2月5日、FC東京が発表したサステナビリティ戦略は、日本のプロスポーツ界に静かな衝撃を与えた。Jリーグ60クラブの中で初めて、UNFCCC「Sports for Climate Action Framework」への署名を明言し、2035年までにカーボンニュートラル、資源循環100%、ネイチャーポジティブという3本柱を掲げたのだ。川岸滋也社長が「気候変動を経営判断に組み込むべき構造的課題」と位置づけたこの戦略は、善意の環境活動を超え、クラブの中長期的な価値創造につながるビジネスモデルとして設計されている。Jリーグ全体が2025年7月に同枠組みに署名したものの、クラブレベルでの具体的な行動計画の提示は遅れていた。FC東京の一歩は、スポーツビジネスにおける気候対策の社会実装モデルとして、どのような示唆を持つのか。


Jリーグ初の署名宣言――FC東京が踏み出した「経営判断としての気候対策」

2026年2月5日、FC東京は「Sports for Climate Action Framework(スポーツを通じた気候行動枠組み)」への署名を含むサステナビリティ戦略を公表した[1]。この枠組みは、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)と国際オリンピック委員会(IOC)が2018年のCOP24で設立した国際的な気候行動の枠組みであり、スポーツ組織がネットゼロ社会の実現に向けて一丸となって行動することを目的としている[3]。FC東京は、Jリーグ60クラブの中でクラブ単位での署名を明言した初の事例となる[1]。この署名は単なる理念表明ではなく、2035年までにカーボンニュートラル、資源循環100%、ネイチャーポジティブという3つの明確な目標を伴う経営判断として位置づけられている[1]。

FC東京の川岸滋也社長は、今回の戦略発表にあたり「気候変動は、スポーツの現場やクラブ運営にも現実的な影響を及ぼしています。私たちはこれを一時的なリスクではなく、経営判断に組み込むべき構造的な課題として捉え、環境への配慮をスポーツビジネスの意思決定の中核に位置付けていきます」と明言した[1]。この発言は、気候変動対策を社会貢献活動やCSRの一環ではなく、クラブの持続的な経営基盤を支える戦略要素として捉える姿勢を明確に示している[1]。FC東京はソーシャルステートメント「わたしたちのくらしの未来につながるゴールを」を掲げ、環境への取り組みを「クラブの中長期的な価値創造につながるもの」と位置付けている[1]。

一方、Jリーグ全体は2025年7月15日に同枠組みへの署名を完了しており、2030年までに温室効果ガス排出量を最低50%削減、2040年までにネットゼロ排出という目標を掲げている[3]。リーグとして「Jリーグ気候アクションロードマップ」を2024年2月に公表し、試合運営や事業活動を通じた環境負荷削減を進めてきた[3]。しかし、60クラブのうち具体的な行動計画と数値目標を伴う独自の気候戦略を公表したクラブは限られており、リーグレベルの方針とクラブレベルの実行との間には依然としてギャップが存在していた[3]。FC東京の今回の発表は、このギャップを埋める先行事例として位置づけられる。

FC東京は今回の戦略において、「Sport Positive Leagues(SPL)」の趣旨にも賛同を表明している[1]。SPLは、スポーツリーグが環境負荷の低減と社会的インパクトの創出を両立させるための国際的な枠組みであり、欧州のサッカーリーグを中心に採用が進んでいる。FC東京は「国際的な枠組みと連動しながら、環境負荷の低減とポジティブな社会的インパクトの創出に取り組みます。これらの取り組みを通じて、クラブの活動が地域や社会に与える影響を可視化し、継続的な改善を行っていくことをここにコミットします」と明記している[1]。この姿勢は、国内リーグの枠を超えた国際標準への接続を意識した戦略設計であり、日本のプロスポーツクラブとしては先進的な取り組みと言える。

今回の署名が持つ意味は、単なる環境宣言を超えている。FC東京は、環境課題を「クラブの活動そのものと深く結び付き、人の暮らし、地域の持続性、そして次世代の未来を左右する重要な前提条件」と定義している[1]。この認識は、気候変動対策をリスク管理の一環として捉えるだけでなく、ファン・サポーター、パートナー企業、自治体といったステークホルダーとの関係性を再構築する機会として位置づけるものである[1]。川岸社長が「フットボールは、多くの人が集い、感情を共有し、地域と深く結び付く存在であり、その価値を守り、未来へとつないでいく責任がクラブにはある」と述べているように[1]、この戦略は経営哲学そのものを反映した判断と言える。

「2035年・世界水準」の中身――3本柱が意味する実効性の設計

FC東京が掲げる「2035年・世界水準」という目標は、3つの柱で構成されている。カーボンニュートラル、資源循環100%、そしてネイチャーポジティブ――これらは単なるスローガンではなく、クラブ運営のあらゆる側面を再設計する構造改革として位置づけられている[1]。この3本柱は、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の「Sports for Climate Action Framework」が求める実効性の基準と連動しており、署名後12ヶ月以内に具体的な削減計画の提出が義務づけられる[8]。FC東京の宣言は、こうした国際的な報告義務を前提とした、測定可能で検証可能な約束として設計されている。

カーボンニュートラル目標は、Scope1(直接排出)、Scope2(電力由来の間接排出)、Scope3(サプライチェーン全体の排出)を包括的に対象とする[8]。これは、スタジアム運営時のエネルギー消費だけでなく、選手・スタッフ・サポーターの移動、グッズ製造、食品調達、廃棄物処理までを含む全体像を捉える必要があることを意味する。たとえばJリーグ全体では、2023年シーズンから年間約1,200試合の全試合電力を実質的に再生可能エネルギーに切り替える取り組みを開始しており、リーグ単位での排出量削減の基盤が整いつつある[9]。FC東京もこの枠組みを活用しながら、自クラブのベースライン排出量を算定し、2030年までに50%削減、2040年までにネットゼロという国際標準に沿った削減経路を描く必要がある[8]。

資源循環100%は、スタジアムでの「廃棄物ゼロ」を意味する[1]。これは単なるリサイクル率の向上ではなく、使い捨てプラスチックの段階的廃止、リユース食器の導入、観客動線の再設計、パートナー企業との調達基準の見直しを伴う包括的な取り組みである。欧州の先進事例では、スタジアムでの使い捨て容器禁止やデポジット制の導入により、廃棄物を90%以上削減したクラブも存在する。FC東京が目指す「資源循環100%」は、こうした国際水準を視野に入れた目標設定であり、サプライヤー、飲食事業者、清掃委託先との協働なしには達成できない構造的変革を必要とする。

ネイチャーポジティブは、生物多様性への貢献を指し、気候変動対策と並ぶ環境戦略の柱として位置づけられている[1]。これは、スタジアム周辺の緑地管理、地域の自然環境保全活動への関与、在来種の保護、雨水利用や透水性舗装による水循環の改善などを含む。FC東京のホームタウンである東京都調布市には、多摩川や国分寺崖線といった重要な自然資源が存在し、クラブがこれらの保全活動に関与することで、地域の生態系サービスの維持に貢献できる可能性がある。2035年という目標年は、Jリーグ全体が掲げる2040年ネットゼロ目標より5年早く、国際的な気候目標である2030年50%削減とのバランスを取った戦略的設定である[9]。この時間軸は、FC東京が「世界が認める日本を代表するクラブ」として、国内外の評価指標で先行する意図を明確に示している[1]。

ソーシャルステートメントが描く「経営論理」――善意を超えたビジネスモデル

FC東京が2025年2月に公表した「サステナビリティ戦略」の根幹には、『わたしたちのくらしの未来につながるゴールを』というソーシャルステートメントがある[1]。この文言は、環境対策を単なるCSR活動やイメージ戦略ではなく、「クラブの活動そのものと深く結び付き、人の暮らし、地域の持続性、そして次世代の未来を左右する重要な前提条件」と明確に位置づけている[1]。つまりFC東京にとって気候変動対策は、経営判断の前提であり、事業継続のための基盤投資なのだ。川岸滋也社長は「環境への配慮をスポーツビジネスの意思決定の中核に位置付けていく」と宣言しており[1]、これは善意の範疇を超えた経営論理の転換を意味する。

この戦略を支えるのが3つの重点領域だ。①環境と調和したクラブ運営、②地域の皆さま、自治体やパートナー企業の想いに寄り添う連携、③ファン・サポーターやその家族の行動変容を促す啓発活動である[1][2]。注目すべきは、これらが「クラブ単独での削減努力」にとどまらず、地域社会全体を巻き込んだエコシステム型の設計になっている点だ。たとえば②では、パートナー企業との協働を通じてサプライチェーン全体の脱炭素化を視野に入れている。③では、ファンの移動・消費行動にまで介入し、Scope3を超えたScope4領域の削減可能性を示唆している。これは「クラブ単体のカーボンニュートラル」ではなく、「クラブを起点とした地域全体のネットゼロ」を構想するビジネスモデルへの転換と読める。

この経営判断の背景には、気候変動がもたらす「現実的な影響」への危機感がある。Jリーグでは、試合中止が2018年以降急増しており、台風や線状降水帯による試合延期・中止は事業リスクとして無視できない水準に達している[9]。さらに深刻なのは、人工芝の高温化による子どもの火傷事例だ[9]。ある地域のコーチからは「足の裏にやけどを負い、試合に出られなくなった」との報告があり、これは育成年代への影響という形で、クラブの長期的な選手供給基盤を揺るがしかねない事態である。気候変動は、もはやクラブにとって「将来リスク」ではなく「現在の経営課題」なのだ。

実効性を担保するために、FC東京はKPMGコンサルティングと「気候アクションパートナー契約」を締結した[9]。この契約により、サステナビリティとスポーツビジネスの両面から支援体制を構築し、具体的なロードマップ策定やインパクトレポート作成を進めている[9]。KPMGは「スポーツは地方創生や環境対策などの社会課題に対し、さまざまなステークホルダーをつなぐ社会変革の『ハブ』になれる」と指摘しており[9]、FC東京の取り組みはその実証実験としての性格を持つ。Jリーグ全体では2025年シーズンに初の「インパクトレポート」を発行し、気候アクション、インクルーシブな社会の実現、地域コミュニティの醸成という3つの重点テーマごとに、短期・中期・長期のロードマップと各クラブのベストプラクティスを公開した[9]。この透明性と継続的な情報開示の仕組みこそが、善意ではなくビジネスロジックとしての気候対策を裏付けている。

UNFCCC枠組みの「5原則×4アクション」――国際標準との接続点

UNFCCC枠組みの「5原則×4アクション」――国際標準との接続点

2018年12月、ポーランド・カトヴィツェで開催されたCOP24で、UNFCCCとIOC(国際オリンピック委員会)が共同で設立したのが「Sports for Climate Action Framework(スポーツを通じた気候行動枠組み)」だ[3]。気候変動という地球規模の課題に対し、世界中で数十億人が注目するスポーツの影響力を動員し、ネットゼロ社会の実現に向けて業界全体で行動することを目的としている[4]。署名団体は、①より大きな環境責任を担うための組織的取り組み、②気候変動の全般的な影響削減、③気候変動対策のための教育、④持続可能で責任ある消費の推進、⑤情報発信を通じた気候変動対策の呼びかけ、という5つの原則に基づいて行動することが求められる[3][5]。この枠組みには現在、FIFA、UEFA、NBA、MLB、F1といった世界的なスポーツ団体・リーグのほか、スタジアム運営会社、スポーツ用品メーカー、放送事業者まで、500以上の組織が署名している。

署名団体には、理念への賛同だけでなく、具体的な4つのアクションが義務付けられている[5]。第一に、2030年の中間目標および長期的な排出削減目標の設定だ。Jリーグは2025年7月の署名時に、2030年までに温室効果ガス排出量50%削減、2040年までにネットゼロ排出という目標を掲げた[3][4]。これは2021年11月以降の署名団体に求められる最低基準であり、FC東京の「2035年・世界水準」はこの枠組みを5年前倒しで達成する意欲的な目標設定となる。第二に、温室効果ガス排出量および削減の進捗状況を毎年測定・公表することが求められる[3]。測定対象はScope1(直接排出)、Scope2(電力等の間接排出)、Scope3(サプライチェーン全体の排出)の3区分に及び、特にScope3は移動・物流・廃棄物など事業活動の大半を占めるため、クラブ単独では完結しない協働設計が必要になる。

第三の義務は、署名から12ヶ月以内に中間目標達成に向けた具体的な行動計画を提出することだ[3][5]。この計画は単なる意思表明ではなく、実行可能性を担保した「Climate Transition Plan(気候移行計画)」として、UNFCCC事務局が公開するGlobal Climate Action Portal上で一般に公開される[8]。報告書には基準年(2019年以降)の設定、排出量の第三者検証の有無、気候関連リスクと機会の特定プロセス、削減手段の詳細が含まれる[8]。例えば国際バイアスロン連盟(IBU)の2024年報告書では、雪不足や極端な気象がもたらす競技環境の変化、観光産業への影響、地域経済の不安定化といった15項目のリスクと、技術革新・新規雇用・収益増加といった6項目の機会が明示されている[8]。FC東京も署名後1年以内に、スタジアム運営・移動手段・サプライチェーンそれぞれの削減ロードマップを数値目標とともに公表することが求められる。

第四のアクションは、気候変動への取り組みをすべてのステークホルダーに対して発信し続けることだ[3][5]。この発信は、広報活動にとどまらず、ファン・スポンサー・自治体・取引先を気候行動に巻き込むコミュニケーション設計を意味する。UNFCCCはCDP(Carbon Disclosure Project)との連動を推奨しており、CDPを通じた公開報告は投資家やESG評価機関からの透明性要求に応える経営上の重要課題となっている[8]。実際、欧州サッカークラブの多くは年次サステナビリティレポートでCDPスコアを開示し、スポンサー契約の条件交渉にも活用している。FC東京の署名は、Jリーグ全体が2025年7月に行ったリーグレベルの誓約を、クラブ独自の文脈で「翻訳」し、ファンや地域パートナーとの協働に落とし込む作業だ。リーグ目標である2030年50%削減・2040年ネットゼロ[3]を、味の素スタジアムという具体的な場所と、小平市・三鷹市・調布市という地域社会の文脈で再定義する試みが、今後12ヶ月で問われることになる。

スタジアムを「社会変革のハブ」に――地域・ファン・パートナーとの協働設計

# 本文 (H2: スタジアムを「社会変革のハブ」に――地域・ファン・パートナーとの協働設計)

FC東京のサステナビリティ戦略は、クラブ単体の取り組みに閉じない。重点領域として「ファン・サポーターやその家族の行動変容を促す啓発活動」を明記している点が示すように、スタジアムを起点とした社会変革のエコシステム構築を企図している [1]。Jリーグ全体では、41都道府県に60クラブが存在し、年間延べ約1,250万人がスタジアムに足を運ぶ [9]。この圧倒的な接触頻度と地域密着性は、単なる観客動員数を超えた「社会実装の基盤」として機能し得る。FC東京が掲げる「もっとクリーンな空気や自然に恵まれた街に」「もっと前向きなエネルギーにあふれる街に」というソーシャルステートメントは [1]、こうした地域資源を最大限活用する意思の表明である。

ファン・サポーターへの働きかけは、単なる情報提供を超えた「体験型」の行動変容設計が鍵となる。Jリーグ全体の取り組みでは、2023年から年間約1,200試合にのぼる全試合の電力を実質的に再生可能エネルギーに切り替える活動を開始しており [9]、スタジアムでの再エネ利用が観客の目に触れる形で可視化されている。川崎フロンターレが導入しているリユース食器システムや、ヴィッセル神戸の「ECO STATION」による資源循環UXなど [10]、先進クラブでは既に「観戦体験そのものが環境行動である」という設計思想が実装されている。公共交通利用促進では、特定の鉄道路線やバス路線の利用者に対するインセンティブ設計、カーシェアリングサービスとの連携が考えられるが、FC東京の本拠地である味の素スタジアムは京王線飛田給駅から徒歩5分という立地を活かし [10]、駅周辺での分散電源活用モデルとの統合が視野に入る。

パートナー企業との連携では、従来型の広告出稿を超えた「共創型」のサステナビリティ実践が求められる。Jリーグ全体では「スポーツチームのサステナビリティ活動に産業界がかかわることがあたりまえとされる空気」を醸成する必要性が指摘されており [9]、スポンサーシップを「広告枠の購入」から「社会価値の共創」へと再定義する動きが加速している。具体的には、サプライチェーン全体での排出削減目標の共有、グリーン調達基準の策定、共同での技術開発などが想定される。KPMGコンサルティングがJリーグと締結した「気候アクションパートナー契約」では、各クラブの気候アクションに対してマネタイズ支援やコスト負担の軽減を行う「コレクティブ」なアプローチが進められており [9]、FC東京もこうした産業界との距離を縮める設計を活用できる。パートナー企業にとっても、FC東京との協働は自社のScope3削減や社会的インパクト創出の実績として報告可能であり、ESG投資家へのアピール材料となる。

自治体との協働は、FC東京の戦略において最も重要な柱の一つである。同クラブは「地域の皆さま、自治体やパートナー企業の想いに寄り添い」を重点領域に掲げており [1]、東京都の脱炭素政策との連動が自然な流れとなる。東京都は2030年までに温室効果ガス排出量を2000年比で50%削減する目標を掲げており、再エネ導入促進、建築物の省エネ基準強化、EV普及支援など多岐にわたる施策を展開している。FC東京が本拠地とする調布市、三鷹市を含む多摩地域では、地域の再エネポテンシャルを活かした分散型エネルギーシステムの構築が課題となっており、スタジアムを「地域エネルギーハブ」として位置づける構想が現実味を帯びる。また、防災機能としてのスタジアム活用では、蓄電池設備や非常用電源の整備、避難所としての運用計画策定などが考えられ、自治体との協定締結によって公的資金の活用可能性も広がる。環境教育プログラムでは、小中学生を対象としたスタジアム見学会や、Jリーグ特任理事の小野伸二氏が講師を務める「Jリーグ×小野伸二スマイルフットボールツアー」のようなイベント [9] との連携により、次世代への気候意識醸成が加速する。

地域コミュニティとの関係構築では、単なる「スポーツクラブ」から「地域の社会資本」への転換が問われる。Jリーグは1993年の開幕以来「地域密着」を掲げ、「豊かなスポーツ文化の醸成」を理念の一つとしてきた [9]。FC東京が「ホームタウン東京とともに成長するクラブ」を標榜する背景には [1]、この理念の実践がある。具体的には、地域住民との対話の場の設定、町内会や商店街との連携イベント、地域の環境NPOとの協働プロジェクトなどが想定される。川崎フロンターレが実践する「SDGsランド『CC等々力』」では [10]、スタジアム周辺を環境教育の拠点として位置づけ、地域住民が日常的にアクセスできる仕組みを構築している。FC東京も同様に、試合開催日だけでなく平日も含めた通年での地域開放、環境ワークショップの定期開催、地域の気候データを可視化する情報拠点としての機能などを実装することで、「社会変革のハブ」としての実効性を高めることができる。

この協働設計が成功すれば、FC東京の2035年目標である「世界が認める日本を代表するクラブの地位確立」[1] は、競技成績だけでなく社会的インパクトにおいても達成可能となる。Jリーグ全体でも「日本ならではの強みになる」とされる「コレクティブ」なアプローチ [9] のモデルケースとして、国内外から注目を集める可能性が高い。地域・ファン・パートナー・自治体という四者の利害を調整し、共通価値を創出する「プラットフォーム」としてのクラブ経営は、スポーツビジネスの新たなフロンティアである。

What's Next――「世界水準」達成への課題と、日本スポーツ界への波及可能性

FC東京がUNFCCC署名を表明してから、同クラブには署名後12ヶ月以内に具体的な行動計画の提出が義務付けられる[8]。この行動計画には、Scope3を含む全排出量の算定、削減シナリオの精緻化、そして投資計画の策定が含まれる。特にScope3の算定は、サプライヤーやファンの移動など間接排出の捕捉が必要となり、クラブ単独では完結しない領域だ。FC東京がこの課題にどのように取り組み、どこまで透明性を持った計画を提出できるかが、Jリーグ初の署名クラブとしての真価を問う最初の試金石となる。

FC東京の取組みが持つ最も大きな意味は、Jリーグ他クラブへの波及効果にある。Jリーグは2024年にKPMGコンサルティングと「気候アクションパートナー契約」を締結し、ロードマップ策定やインパクトレポート作成など、リーグ全体での気候対策を推進している[9]。FC東京の署名から生まれる知見——排出量算定の手法、削減技術の選定基準、資金調達の実務——がベストプラクティスとして共有されれば、リーグ全体の底上げにつながる可能性が高い。Jリーグは2026シーズンから欧州主要4リーグに続きアジア初となる「Sport Positive Leagues(SPL)」に参画し、各クラブの気候対策を12項目でスコア化して公表する[9]。この評価制度のもとで、FC東京の先行事例が他クラブの行動変容を促す触媒となるかが注目される。

一方で、2035年目標の達成には相応の投資が必要だ。スタジアム施設への再エネ設備導入、空調・照明のスマート化、サプライチェーン再構築など、推定で数億円規模のコストが発生すると見られる[10]。FC東京が掲げる「カーボンニュートラル、資源循環100%、ネイチャーポジティブ」[1]という3本柱を実現するには、自己資金だけでなく、グリーンファイナンスの活用、自治体との協働、パートナー企業との共同投資など、多様な資金調達スキームの構築が不可欠となる。川岸滋也社長が「環境への配慮をスポーツビジネスの意思決定の中核に位置付ける」[1]と明言した以上、この投資をどのように経営論理に組み込み、収益化につなげるかが経営課題として浮上する。

FC東京の動きは、Jリーグの枠を超えて日本のスポーツ界全体に影響を与える可能性を秘めている。プロ野球、Bリーグ、ラグビーリーグなど他競技団体は、これまで気候対策を「CSR活動」の範疇に留めてきた傾向が強い。しかし、FC東京がUNFCCCという国際枠組みに署名し、具体的な削減目標と行動計画を公表することで、スポーツ界における気候対策が「経営標準」として再定義される転換点となり得る。Jリーグが推進する「コレクティブ」なアプローチ——リーグがクラブのマネタイズ支援やコスト負担軽減を行いながら全体で取り組む方式——[9]は、他競技にとっても参考となるモデルだ。FC東京の署名が、日本のスポーツ界全体に「気候対策は競争力」という認識を広げる起点となるか、今後の展開が注目される。

こうした課題と可能性を踏まえると、FC東京の「世界水準」達成への道のりは決して平坦ではない。しかし、同クラブが掲げる「わたしたちのくらしの未来につながるゴールを」[1]というソーシャルステートメントが示すように、この取組みは単なる環境対策ではなく、クラブの存在意義そのものを問い直す経営戦略である。ファン、パートナー、自治体、そして他クラブとの協働を通じて、FC東京がどのような「社会実装の設計図」を描き、実行していくのか。その過程で得られる知見は、日本のスポーツビジネスにおける気候対策の標準となり、世界に向けた新たなモデルケースとして発信される可能性を持っている。


参考文献 / Sources

https://www.fctokyo.co.jp/news/details/330261/

http://www.prtimes.jp/main/html/rd/p/000000946.000034942.html

https://www.jleague.jp/news/article/31445/

https://aboutj.jleague.jp/corporate/en/pressrelease/article/15598

https://www.jleague.co/news/j-league-signs-the-sports-for-climate-action-framework-and-commits-to-four-key-climate-actions/

https://www.jleague.jp/sp/news/article/31445/

https://www.jleague.jp/news/article/31445/?mode=pc

https://assets.ctfassets.net/cz0vl36hcq0x/1rZdrSmhpnwbjdqwtagsTL/ce73dce61bb3e88102ed91615676d880/2025_Sports_for_Climate_Action_Framework_IBU.pdf

https://kpmg.com/jp/ja/insights/2025/07/case-climate-jleague.html

https://www.enegaeru.com/jleague-zerocarbon-soccer

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