Jリーグが「気候変動スコア」を導入──60クラブ全員が評価される時代、何が変わるのか
2026年、Jリーグは世界基準の気候変動評価指標「SPLスコア」を全60クラブに導入する。アジア初参画となるこの取り組みは、Jリーグと日本財団が組む3.7億円規模の支援と連動し、11月には各クラブのスコアが公表される。スタジアムの電力・廃棄物・移動手段まで測定対象に含まれ、日本のスポーツ界における脱炭素経営を一変させる可能性を持つ。
2026年、Jリーグは日本のプロスポーツ史上類を見ない取り組みに踏み切った。英国発の非営利団体「Sport Positive Leagues(SPL)」の気候変動評価フレームワークをアジアで初めて導入し、全60クラブを12項目の評価指標でスコアリングする。補助金は1クラブあたり最大400万円、総額3.7億円規模の支援がバックに付く。11月に公表されるスコアランキングは、クラブの環境経営の優劣を可視化し、スポンサー獲得やファンコミュニケーションにまで影響を与えると見られる。
SPLとは何か──12項目が問うのは「本気度」
Sport Positive Leagues(SPL)は2019年に英国で設立されたNPOで、プロスポーツリーグの気候変動対策を評価・ランク付けすることを専門とする団体だ[1]。評価は12の行動領域に分かれており、再生可能エネルギーの調達、廃棄物削減、フード&ビバレッジのサステナビリティ、移動手段のCO₂削減、コミュニティへの啓発活動などが含まれる。単なる排出量の数字ではなく、「何をどう改善しているか」という行動プロセスまで問われる点が特徴的だ。
2026年時点でSPLには英国のプレミアリーグ、ドイツのブンデスリーガ、北米のMLS(メジャーリーグサッカー)など世界14リーグが参加している[2]。アジアのリーグとしてはJリーグが初となる。SPLのクレア・プール創設者は2026年1月に来日し、国際連合大学(東京)で開催されたJリーグサステナビリティカンファレンスに登壇。174名の関係者を前に「スポーツは社会の気候変動行動を加速させる最大のプラットフォームだ」と語り、Jリーグへの期待を表明した[3]。
各クラブは2026年シーズン中に12項目の取り組みを実施・記録し、年末の集計後、11月にリーグから全クラブのスコアが一斉公表される[1]。公表されるのはスコアの絶対値だけでなく、昨年比の改善度も含まれる予定だ。「評価されることが目的ではなく、毎年少しずつ改善し続けることが目的」というSPLの設計思想は、欧州リーグでの実績でも証明されており、参加2年目以降のクラブで気候関連施策数が平均35%増加したというデータもある[2]。
日本財団3.7億円の使い道──クラブへの実弾支援の全貌
Jリーグの今回の取り組みを財政的に支えるのが、公益財団法人・日本財団だ。2026年度から複数年にわたって総額3.7億円の助成を拠出し、全60クラブの環境経営を側面支援する[4]。このうち、各クラブへの直接補助金の上限は1クラブあたり400万円に設定されている。対象となる活動は、太陽光パネルや蓄電池の設置、電気自動車の充電設備導入、リユースカップへの切り替え、廃棄物の分別・リサイクルシステム構築などだ。
特筆すべきは、補助金の対象が「スタジアムの設備投資」だけでなく「啓発・コミュニケーション活動」にも及ぶ点だ[4]。ファン向けの環境教育プログラムや、スポンサー企業と連携したCO₂相殺(カーボンオフセット)の仕組み構築なども助成対象に含まれる。つまり、インフラに投資できる大クラブだけでなく、J2・J3の中小規模クラブも、ソフト面の取り組みで評価ポイントを獲得しやすい設計になっている。
日本財団の選択は戦略的でもある。プロスポーツリーグはファンという「大量の接点」を持っている。Jリーグ全60クラブの年間累計観客動員数はコロナ前で約1,000万人超にのぼる[5]。スタジアムを環境行動の「リアル体験の場」に変えることで、一般市民の気候変動リテラシーを底上げする効果を日本財団は狙っているとみられる。スポーツをCSR活動の媒体と捉える従来の発想から、スポーツをGX(グリーントランスフォーメーション)の社会インフラとして位置づける転換が、ここに始まっている。
12項目の評価基準──スタジアムの電力から「観客の移動」まで
SPLが定める12の評価項目は、スタジアム運営の枠を大きく超える。再生可能エネルギー調達(施設電力の再エネ比率)、廃棄物管理(リサイクル率・廃棄物総量)、フード&ビバレッジ(植物性メニューの比率・フードロス削減)、水資源管理(節水・雨水再利用)、そして観客の交通手段(公共交通利用比率・EV駐車場の整備)が主要項目だ[2]。
なかでも「観客の移動手段」は日本のクラブにとってチャレンジングな項目となる。地方クラブでは最寄り駅からのアクセスが悪く、マイカー依存度が高い場合が多い。評価では単なる数値提出ではなく、シャトルバス運行、カーシェアリングとの連携、自転車置き場の整備といった「改善に向けた具体的なアクション」があるかどうかも問われる[1]。欧州の先行事例では、地元交通局と連携した試合日の無料乗車券配布が観客のCO₂を年間18%削減したというケースもある[2]。
また、サプライチェーン管理(Scope 3排出量の把握)も評価対象に含まれており、スタジアム外での排出も視野に入る。ユニフォーム製造、遠征移動、練習場の使用電力まで含めれば、クラブの排出量は公式戦運営だけの数倍に膨らむ[6]。Jリーグがこの領域のデータ収集・管理の仕組みを整備することは、日本のスポーツ業界全体のGX対応を底上げする先行事例となる可能性がある。
先行クラブの動き──セレッソ大阪とジェフ千葉が示したもの
Jリーグのサステナビリティカンファレンス(2026年1月)では、セレッソ大阪とジェフユナイテッド千葉がそれぞれの取り組みを発表した[3]。セレッソ大阪はクラブハウスへの太陽光パネル設置とPPE(電力購入契約)による再エネ調達を2025年から実施しており、スタジアム(ヨドコウ桜スタジアム)での再エネ比率を段階的に高める計画を公表した。同クラブの試算では、2025年シーズン中に削減できたCO₂は約120トンにのぼるという[3]。
ジェフ千葉(J2)はリユースカップの全試合導入を2024年から実施しており、シーズンを通じて使い捨てカップを約9万個削減した実績を持つ[3]。これをプラスチック廃棄量に換算すると約450kgに相当する。さらに2026年シーズンからはホームスタジアム(フクダ電子アリーナ)の照明をLEDに完全移行し、年間電力消費量を従来比で35%削減する計画を進めている。J2クラブがJ1の大クラブと対等に、あるいはそれ以上のペースで環境施策を進めているという事実は、「大きなクラブでないとできない」という思い込みを覆す。
ヴァンフォーレ甲府(J2)は、より古くから環境経営に取り組んできたクラブとして業界内で知られる。2004年から「エコスタジアムプロジェクト」を運営し、2026年時点で22年間継続している[7]。リユースカップ導入による累計CO₂削減効果は約80トン、CFP(カーボン・フットプリント)の可視化、山梨県営水力発電のFIT電力活用など、資金力に頼らないアイデア型の環境経営モデルを実践している。SPLスコアの観点でも、こうした長期継続型の取り組みは高評価につながるとみられる。
スポンサーとファンが変わる──「気候変動スコア」がビジネスに与える影響
SPLスコアのランキング公表が与える最大の影響は、スポンサーシップ市場の変化だ。ESG投資の拡大に伴い、国内大企業の多くはスポンサーシップ先に「サステナビリティへの取り組み実績」を求めるようになっている[8]。SPLスコアはその客観的な証明書になり得る。逆に、スコアが低いクラブはスポンサー獲得で不利になるリスクもある。クラブの環境経営力が、直接的に収益力に直結する時代が到来しつつある。
ファン側の反応も変わりつつある。2024年に実施されたJリーグのファンアンケートによると、「クラブの社会・環境活動への姿勢が観戦意欲に影響する」と回答したファンは全体の42%に達した[5]。特に30代以下の若年層でその傾向が強く、53%が「環境に取り組むクラブを応援したい」と答えている。単なる勝利至上主義から、「クラブの姿勢」に共鳴するファン文化への移行が数字としても現れてきた。
また、スコア公表によってクラブ間の「健全な競争」が生まれることも期待されている。プレミアリーグではSPLスコア導入後、上位3クラブが毎年スコアを更新し合い、3年間で全体の平均スコアが41%向上したというデータがある[2]。競合他社より低い評価を受けることへのプレッシャーが、クラブ内部の意思決定を動かす。日本においても「Jリーグ環境ランキング1位」は、クラブのブランド価値を高める新たな指標になる可能性がある。
What's Next──11月の公表に向けて、クラブが今すぐすべきこと
SPLスコアの11月公表まで、残り約8ヶ月。クラブが今すぐ着手できる取り組みとして、まず挙げられるのは「データ計測の仕組み整備」だ。スタジアムの電力消費量、廃棄物排出量、来場者アンケートによる交通手段調査など、評価に必要なデータを定期的に収集・記録する体制を整えることが最初のステップになる。設備投資なしに着手できる項目であり、どのクラブにも即座に実行可能だ[1]。
次に、日本財団の補助金申請窓口への早期アクセスが重要になる。2026年度の補助金は予算総額が決まっており、申請順・審査によって配分される。補助金の対象となるプロジェクトの立案・申請準備を4〜5月に完了できるかどうかが、年度内の施策実施本数に直結する[4]。設備投資型(太陽光・EV充電器など)は工事期間を考慮すると、6月までの発注が理想的なタイムラインとなる。
より長期的な視点では、今回のSPL参加はJリーグが「国際スタンダードへの接続」を果たした歴史的転換点として記録されるかもしれない。欧州で先行した事例では、SPLスコア公表から3〜5年以内に、気候変動対策が「コスト」ではなく「収益源」に転じるクラブが出始めている[2]。観客動員1,000万人という規模の接点を持つJリーグが、その実証フィールドになろうとしている。11月のランキング公表日は、単なる評価結果の発表日ではなく、Jリーグが新たな競争軸を宣言する日になる。
参考文献 / Sources
https://sportpositiveleagues.com/
https://sportpositiveleagues.com/impact/
https://www.jleague.jp/news/article/28650/
https://www.nippon-foundation.or.jp/news/articles/2026/20260201-96000.html
https://www.jleague.jp/docs/aboutj/report/2024sustainability.pdf
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/ghg/scope3.html
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